自分の力だけでは何もできない

合氣道は相手を導き投げる武道です。

そこに相手がいなければ合氣道はできません。

相手の意思や力があってこそ、
合氣道のちょっと不思議な現象を起こすことができます。

もし相手の力に頼らず、
自分ひとりの力だけで同じ現象を求めれば、
一生その現象は起こせないでしょう。


「誰かに頼ることなく生きていく・・・」
とても素敵なことではありますが、

多くの場合は「誰も信用しないで生きていく・・・」とういことを、
かっこよく見せるための言葉のように思います。

決して「頼らない」=「信用しない」ではありません。
それと同じように、「依存する」と「信頼する」も一緒ではないのです。


私自身、誰かに頼るのが苦手なタイプなので、
失敗や成功にこだわらず相手に任せるという大きな心を
持てたらいいなと思っているのですが、
なかなか爽やかに相手に任せるという事が出来ないでいます。

そう、私は相手を信頼できていないんです。

疑っているんだと思います。

その原因はただ失敗したくないから・・・

失敗が悪いことだと心のどこかで思っているんでしょうね。


しかし、ひとりの力では何もできないんです。

なんだか変な感じですが、
自分ひとりではできないと知っているにもかかわらず、
相手に頼ることにも抵抗を感じる・・・

心のどこかに自分だけでもできるという驕りがあるのでしょう。

その驕りを取り除いたうえで、
相手を信頼し任せることができたなら、
そこから生まれた結果はどんなものでもいいのかもしれません。


そして信頼することは、
待つことができるという事だと思います。


 


相手がゆっくり進んでいたなら、
遅いことにイライラせず相手と一緒に歩くことができる

そんな穏やかな自分でなければ、
相手の腕を引っ張って早く目的地に連れていきたくなってしまいます。

そうなると、
相手の力を使うなんてことはできなくなってしまいます。

つまり待つことができてはじめて、
相手の力を借りることができるんです。


とてもシンプルなことですよね。

相手に手伝ってもらうためには、
相手に心地よく感じてもらうことをするだけです。

こういうことをお話しすると、
どうしても優しさだけが相手を育て導くことに
重要なことだと思われがちなのですが、

「優しさ」と対極にある「厳しさ」も大切な要素です。


「優しさ」=「相手の思い通り」ではありませんし、
「厳しさ」=「無理やり」でもありません。

優しさも厳しさも、根元には「信頼」があります。

以前にもお伝えしたことがありますが、
相手に接するとき、厳しさと優しさどちらがいいのか・・・
という話しをしたことがありますが、

答えはどちらでもOKというものでした。

「信頼」があればどちらでも相手はついてきてくれます。

しかし自分だけが相手を信頼していても、
相手にその氣がなければ、この関係は成立しません。

もしあなたが導く側の立場に立つことを決めたのであれば、
自分が相手を信じることは当然ですが、

相手に信頼してもうためにも、
「待つ」ことをしっかり意識してみてほしいと思います。



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