一歩先を意識することが今を生きる事

合気道の指導をしていて感じたことがあったので、
今回はその事を書こうと思います。


私は個人稽古の依頼があれば受けているのですが、
その中で自分でもあまり意識していなかったことに氣付くことができました。

それは、
どのような意識で稽古をすればいいのかを伝えようとした時、
改めて自分自身がどのような事を前提に稽古をしているのかを
考えてみたのですが、

「次がある事を忘れない稽古」をしている事に氣が付きました。

これは、巷でよく聞く「目標をもって」
という事を言っているのと少し違います。


私たちは苦手な事を克服しようとして練習や稽古をするのですが、
文字通り「苦手な部分を苦手と感じなくなる」ということを目標にします。

そうすると、
苦手な部分の後にあるものを感じ取れなくなってしまいます。

つまり次が無い稽古になるのです。


合気道は氣を切らない事が大切なのですが、
次が無い稽古では必ず最後に氣が切れてしまいます。

気を切らない事が合氣道の前提であるにも関わらず、
苦手を克服する稽古は必ず気が切れてしまうのです。

氣が切れる稽古を続けて、
本当の成長や上達を得られる訳がありません。

目の前にある課題をクリアしたいと考えるのであれば、
常に次を踏まえた心と身体を維持した状態で臨む必要があります。


この考え方はすべてに共通することだと思います。

今をどのように生きるのかが人にとって重要なのですが、
今だけを見るのではなく「次に繋がっているんだ」という感覚を持つことで、
今の質が変化すると私は考えています。


自転車がペダルをこぐ事で進むように、
上手に練習するには前に進み続ける事が大切です。

進むことを止めれば、上手な練習が出来なくなります。

私たちの生き方も次に進む事を前提にし、
その上で今を生き、よい習慣を得る事で変化します。

しかし多くの場合「成功」というゴールを実感したいがために、
「習慣」ではなく「テクニック」を学び今に手ごたえを感じる事を
してしまいます。


合気道で上手くいった時は実感や手ごたえが無いのと同じで、
気が切れない生き方には手ごたえが無いはずです。

手ごたえを感じるためにはその場で留まる時間が必要なので、
常に目標が前へと動いている状態では手ごたえを感じる事が無いのです。
 
止まらない生き方は一見疲れるように思うかもしれませんが、
川の水が流れる事と同じで、当たり前のことなんだと思います。

流れが無いと水がよどむように、
生き方や心も止まってばかりではよどみます。 


出来るだけよどまないように個々を見るには、
必ず繋がりを感じて下さい。

1つの円が「個」だとすれば、必ず次に別の円が存在します。

1つの円を良くするためには、次の円と一部分を重ねて、
その重なった所を感じながら最初の円を整えていきます。

最初の円が整って来れば全部が整う前に重なりに入り、
次の円に進む。


 


このような図の感じです。


このように進めば、
必ず次を前提とした成長や変化を得ることが出来、
そこではじめて「個」を完成させることが出来ます。

いくら稽古してもうまく行かない時は、
このような事に目を向けると何かが見えてくるはずです。

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