「幸せ」と「不幸せ」を分かつもの

地球上の生き物の中で幸せにこだわり、
喜んだり悩んだりするのは人間だけです。 

人間以外の生き物は、
どのような状況であってもただ全力で生きます。 

しかし人間だけは状況によって、
「幸せ」や「不幸せ」を感じ一喜一憂してしまいます。 

何故そんなことになるのでしょう?

基本的に絶対的な幸せも、
絶対的な不幸せも存在していません。

ただそんな思いを巡らせる人間の思考が存在するだけです。

同じ出来事であっても、
「楽しさ」を感じる人と「苦しさ」を感じる人がいます。

蝶がキレイと感じる人がいる一方で、
気持ち悪いと感じる人もいます。

結婚に憧れる人がいる一方で、
独り身に戻りたいと思う人がいます。

言い出せばきりがありませんが、
「幸せ」と「不幸せ」を決めるのは状況ではないという事です。


では、私たち人間の「幸せ」と「不幸せ」は
何を基準に分けられているのでしょう? 

まずは自分がどのような時に
「幸せ」と「不幸せ」を感じるのか思い浮かべて下さい。

おそらく「自分の欲求」というものがその境目にあるのではないでしょうか。


そして、その欲求の内容や質はまったく関係がなく、

他人から見てつまらないと思われる欲求であっても、
どれだけ崇高な欲求であっても、

それは「幸せ」と「不幸せ」を分かつものとなります。


その鍵となるものが「自分の意思」です。


当たり前なのですが、「欲求」は自分自身が何かを求める思考の事です。

つまりそこには自分の意思が必ず存在しています。

何かを求める気持ち、
つまり方向性を自分で決め、そこに向かって進む決意をすることが
幸せを生む鍵となるのです。


例えば、
何かが欲しくてそれを手にするために頑張る過程で、
まだ欲しいものが手に入っていないにも関わらず幸せだと感じることがあります。

もしも欲求が満たされた時に幸せになれるとするなら、
頑張っている最中は不幸せといいう事になります。

しかしそうではなく、
まだ欲しいものが手に入っていないにも関わらず、
その目的を果たすために頑張っている状態にも幸せを感じることがあるのです。

つまり、
自分の意思によって行動した時に「幸せ」を感じるという事なのです。


どんなに素晴らしい行いをしたとしても、
そこに自らの意思が存在しなければ「幸せ」は感じることはなく、
逆に「不幸せ」を感じます。

周りからバカだと罵られることであっても、
それが自分の意思で決めた事であれば幸せを感じることが出来ます。

目的がまだ達成されていない状態であっても、
そこに向かうと決めて行動している自分を感じることさえ出来れば
幸せになれるのです。


幸せになりたいのであれば、
自分自身の意思で前進するしかないという事です。

「指示されたから・・・」それを理由に行動している限りは、
幸せを感じることも出来ず、そんなマイナスな気持ちのままでは、
自分の力を発揮することすら出来ません。

素直に指示に従うことも大切なのですが、
そこには自分の意思でその指示に従っているという自覚が
とても重要になります。


誰かの指示に従ったとしても、
それに従うかどうかを決断しているのはいつも自分自身です。

「あの人が言ったから・・・」と言っても、
最終決断は自分で下しています。

あなたが幸せや何らかの成果を得たいのであれば、
その意識をしっかり持って行動してみてください。

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