改めて、コミュニケーションについて考えてみました

コミュニケーションとは一体何なのでしょうか?

広辞苑には、

「社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達」

とありますが、これは人間だけとは限りません。

犬や猫との間であってもコミュニケーションはとれますし、
人間だけにある能力という訳でもありません。

特に人間がミュニケーション手段を数多く持っていますが、
その能力を生かせているかというと、そうは限らないようです。

コミュニケーションが上手な人がいる一方で、
相手を不愉快にしてしまう伝達しかできない人もいます。

そんないろんな価値観を持つ人間とコミュニケーションを図ることが、
成長するためには欠かすことが出来ない要素だと私は考えています。


「コミュニケーション」とは「相互伝達」という事ですが、
分かりやすく言うと「交流」です。

情報を発信したとしてもそれを受け取ってくれる相手がいなければ
コミュニケーションになりません。

そして、もし相手がこちらからの情報を受け取ってくれたとしても、
それだけでもコミュニケーションとは言えないのです。

それは何故かと言うと、
ただ相手の言葉を聞き入れ理解したからと言って、

その事によって何も変化を生み出せなければ、
その伝達には意味が無いからです。


本当のコミュニケーションとは、
相手から伝わった情報をもとにして新しいものを作りだすことを言います。

簡単に言えば、
相手に褒められたら素直に喜んで笑顔になる・・・

これだけで立派なコミュニケーションです。

もしも相手がその笑顔を見ていなかったとしても、
私は立派なコミュニケーションだと思います。

伝えられた事により、
喜ばれるプラスの変化を生み出せたなら、

それだけでコミュニケーションは成立です。


「相手に返さなければコミュニケーションではないのでは・・・?」
と思うかもしれませんが、そんなことはありません。

例えば、
相手に反応を求める事が主となった
コミュニケーションをしている人がいるとします。

もしも相手が求めていた反応を返さなかったとしましょう。

そうすると間違いなく相手の反応を批判します。

相手を批判するというマイナスの変化を生み出してしまっては、
それを「コミュニケーション」とは呼べません。


こちらが持っている価値を伝えて、相手が新しい価値を生み出す。

たとえそれが自分に返ってこない価値だとしても、
別のところで新たな価値が生み出され、

つぎに繋がっていけばそれでOKです。

伝える側は、
新たな価値が生み出されることを信じて伝えるだけ。

もちろん相手が返してきた反応をしっかりキャッチして、
もっと価値の高い情報を発信することは必要ですが、

見える反応だけがすべてでは無いことを覚えておいてください。


伝える側と受け取る側の双方が、

誰かを喜ばせることや成長させる事、
また自らが喜び成長する事に情報を繋げて行くことが

「コミュニケーション」なのです。


すぐに自分に返ってくる小さな縁(円)で
コミュニケート(伝える)するのではなく、

繋がっている先が見えないほどの
大きな縁を描いてもいいのではないでしょうか。

私はそう思います。

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